1. はじめに:戦略論とは何か
「戦略(strategy)」という言葉は、もともと軍事用語に由来する。古代ギリシア語の「strategos(将軍)」に端を発し、「限られた資源を用いて目標を達成するための全体的な構想」を意味する。
現代の経営学においても、「戦略」とは単なる計画や方針ではなく、環境変化の中で組織が持続的に価値を生み出し、競争優位を確立するための思考と行動の体系を指す。
戦略論は、経営学の中でも最もダイナミックで実践的な領域の一つである。そこでは、経済学・心理学・社会学・政治学など、さまざまな学問が交錯し、企業がどのように環境に適応し、競争に勝つかを理論的に探求する。本稿では、戦略論の誕生から主要理論、現代の潮流までを体系的に整理し、初学者にも理解しやすい形で紹介する。
2. 戦略論の誕生 ― 経営学の中の「戦う知」
戦略論の出発点は、1950年代のアメリカである。戦後、企業規模の拡大と市場競争の激化により、経営者はもはや「勘や経験」だけでは企業を導けなくなった。そこで登場したのが、「企業行動を科学的に分析し、合理的に意思決定を行う」ことを目的とした経営戦略論(business strategy theory)である。
初期の戦略論は、経営管理学(management theory)と産業組織論(industrial organization theory)を基盤として発展した。前者は組織内部の管理構造や意思決定プロセスに注目し、後者は市場構造と企業行動の関係に焦点を当てる。この二つの視点が結びついたことで、「企業は外部環境と内部資源をどう結びつけるか」という、戦略論の基本課題が形成された。
3. 古典的戦略論 ― 計画と合理性の時代
3.1 アンゾフの経営戦略論
戦略論を学問として確立したのは、イゴール・アンゾフ(Igor Ansoff)である。
彼の著書『企業戦略論(Corporate Strategy, 1965)』は、戦略論の出発点とされる。
アンゾフは、企業戦略を「環境に対する企業の行動方針」と定義し、
- 製品‐市場マトリクス(既存製品・新製品×既存市場・新市場)
- 戦略計画プロセス(分析 → 目標設定 → 実行)
を提示した。
このモデルは、後に「計画学派(Planning School)」と呼ばれる流れを生み出す。
戦略は理性的に設計できるという前提に立ち、トップマネジメントによる長期的な意思決定を重視するのが特徴である。
3.2 チャンドラーの戦略=構造論
アルフレッド・チャンドラー(Alfred D. Chandler)は、歴史的研究を通じて「構造は戦略に従う(structure follows strategy)」という名言を残した。
彼は、アメリカの大企業が多角化や国際化を進める中で、組織構造を機能別から事業部制に転換した過程を分析した。
この研究は、「企業が戦略を選択することで組織構造が変化する」という戦略‐構造適合モデルの理論的基礎となった。
4. 競争戦略論 ― 「勝つための理論」の確立
1970年代後半から1980年代にかけて、戦略論は大きな転換期を迎える。
それまでの「計画としての戦略」から、「競争優位の創出としての戦略」へと焦点が移った。
この変化を牽引したのが、ハーバード大学の**マイケル・ポーター(Michael E. Porter)**である。
4.1 ポーターの競争戦略
ポーターは『競争の戦略(Competitive Strategy, 1980)』で、産業構造分析の枠組みとして有名な**ファイブフォース分析(Five Forces Framework)**を提示した。
これは、以下の5つの力が業界の収益性を決定するという理論である:
- 新規参入者の脅威
- 代替品の脅威
- 既存企業間の競争の激しさ
- 買い手の交渉力
- 売り手(供給者)の交渉力
企業はこの分析に基づき、次の3つの基本戦略(Generic Strategies)のいずれかを選択すべきだとした:
- コスト・リーダーシップ戦略(低コストで競争)
- 差別化戦略(独自価値で競争)
- 集中戦略(特定市場に特化)
この理論は、戦略論を「科学的に競争優位を設計する学問」として確立した。
4.2 限界と批判
しかしポーター理論は、「外部環境重視の静的分析」に偏っているとの批判を受ける。
市場が急変する現代では、環境よりも企業内部の能力や学習の動態に注目すべきだという主張が生まれた。
これが次に紹介する「リソース・ベースト・ビュー(資源ベース理論)」である。
5. リソース・ベースト・ビュー(RBV) ― 内部資源からの戦略
5.1 基本思想
1980年代後半、ジェイ・バーニー(Jay Barney)らが提唱したRBVは、
「企業の競争優位は外部環境ではなく、内部に保有する独自資源から生まれる」とする立場である。
ここでいう「資源(resources)」とは、設備や人材、ブランド、技術、組織文化など、企業が保有する有形・無形のすべての資産を指す。
特に競争優位をもたらす資源には、次の4条件(VRIO)が必要とされる:
- Value(価値):市場で価値を生むか
- Rarity(希少性):他社にないか
- Imitability(模倣困難性):真似されにくいか
- Organization(組織化):活用できる体制があるか
5.2 コア・コンピタンス論
さらに、ゲイリー・ハメルとC.K.プラハラード(Hamel & Prahalad)は『コア・コンピタンス経営(1990)』で、
企業の強みを「中核能力(core competence)」として再定義した。
これは「異なる事業領域に応用可能な、組織全体の知識とスキルの結合」であり、ソニーやホンダなどの成功企業を分析して導き出された概念である。
RBVは、ポーターが外部分析を重視したのに対し、「内部の学習と能力開発」を戦略の中心に据えた点で画期的だった。
6. 学習と進化 ― ダイナミック・ケイパビリティ論へ
6.1 静的資源から動的能力へ
1990年代に入り、環境の変化スピードが飛躍的に高まる中で、
「持続的競争優位はもはや固定的な資源ではなく、変化に対応できる**能力(capability)にある」と考えられるようになった。
この考え方を体系化したのが、デイビッド・ティース(David J. Teece)らによるダイナミック・ケイパビリティ理論(Dynamic Capabilities Theory)**である。
ダイナミック・ケイパビリティとは、
「急速に変化する環境の中で、企業が自らの資源を再構築し、新しい競争優位を創出する能力」
と定義される。
つまり、競争優位とは「何を持っているか」ではなく、「どれだけ変われるか」で決まるという視点である。
6.2 学習と知識の戦略論
この潮流の中で、野中郁次郎による知識創造理論(Knowledge-Creation Theory)も重要である。
野中は、組織の競争力は「暗黙知(tacit knowledge)」と「形式知(explicit knowledge)」の相互変換(SECIモデル)にあるとした。これにより、「学ぶ組織(learning organization)」が戦略の中心的テーマとして浮上した。
7. 戦略の新展開 ― 複雑性・制度・ネットワークの時代
21世紀に入ると、グローバル化・デジタル化・サステナビリティといった新たな環境変化が、戦略論に新しい視角をもたらした。
7.1 複雑系戦略論(Complexity Theory)
複雑系の科学を応用し、企業を「自己組織化するシステム」として捉える立場。
ここでは、戦略はトップが設計するものではなく、組織内外の相互作用から自律的に進化するプロセスとされる。
この視点は、スタートアップやIT企業のような「柔軟で動的な組織」に適している。
7.2 制度派戦略論(Institutional Theory)
ディマジオとパウエル(DiMaggio & Powell)らによって発展した制度論的視点は、
企業行動が「合理性」だけでなく、「社会的正当性(legitimacy)」によっても規定されるとする。
つまり、企業は市場で勝つだけでなく、社会から信頼される存在であることが戦略の条件となる。
近年ではESG経営やCSR(企業の社会的責任)などが、この流れに位置づけられる。
7.3 ネットワーク戦略論
単一企業ではなく、産業エコシステム(ecosystem)やアライアンスネットワークの中での位置取りが戦略の焦点となる。
アップルやアマゾンのように、プラットフォームを構築し、他社との連携を通じて価値を創出する戦略が代表例である。
8. 戦略論の主要流派の整理
| 学派 | 中心テーマ | 代表理論 | 主な研究者 |
|---|---|---|---|
| 計画学派 | 戦略の合理的設計 | アンゾフの戦略計画論 | Igor Ansoff |
| 競争学派 | 外部環境と競争優位 | ポーターのファイブフォース分析 | Michael Porter |
| 資源学派 | 内部資源と能力 | リソース・ベースト・ビュー | Jay Barney |
| 学習・進化学派 | 組織学習と動的能力 | ダイナミック・ケイパビリティ論 | David Teece |
| 知識創造学派 | 暗黙知と形式知の循環 | SECIモデル | 野中郁次郎 |
| 制度・ネットワーク学派 | 社会的正当性・エコシステム | 制度派戦略論・プラットフォーム戦略 | DiMaggio, Iansiti など |
9. 現代の課題 ― 戦略論の統合と再構築へ
現代の企業は、グローバル化、AI、気候変動、人口減少など、かつてない不確実性に直面している。
そのため、どの一つの理論だけでは現実を説明できない。
近年では、
- マルチレベル戦略論(multi-level strategy):個人・組織・産業レベルを統合して分析
- サステナブル戦略論:企業価値と社会価値の両立
- 戦略的アジリティ(agility):俊敏で柔軟な意思決定体制の構築
といった方向で再構築が進められている。
戦略論とは、単に「勝つ方法」を学ぶ学問ではない。それは、変化の中で自らを再定義し続ける知の体系であり、組織や人間の「創造と選択」の本質を問う哲学でもある。
10. まとめ:戦略論を学ぶ意味
戦略論を学ぶことは、未来を「予測する力」ではなく、「構想する力」「問いを立てる力」を磨くことである。
アンゾフが説いた合理性、ポーターが説いた競争、バーニーが説いた資源、ティースが説いた進化――
それらすべては、企業や人間が「どのように変化に向き合い、価値を生み続けるか」という一つの問いに帰着する。
戦略論を理解することは、企業経営を超えて、私たち一人ひとりが「自分の生き方の戦略」を見つめ直すことにもつながる。それこそが、戦略論という学問が半世紀以上にわたり人々を魅了してきた理由である。
